特集インタビュー:量子ハードウェアに依存しない、ニュートラルな立場の量子シミュレータ「Atos QLM」のユニークさについて

日付:2022-08-05 提供:Quantum Computing Report 翻訳:Hideki Hayashi

ビジネスインタビュー:


今回は、株式会社インテリジェント ウェイブの森長様に、仏Atos社の量子シミュレータ「QLM(Quantum Learning Machine)」についてお話を伺いました。オークリッジ国立研究所、アルゴンヌ国立研究所、STFC Hartree Centre、ロールス・ロイス、バイエル薬品、Total、CSCなど、量子コンピューティングに取り組む名だたる研究機関や産業企業がQLMの主なユーザーです。

 

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株式会社インテリジェントウェイブ

Strategy & R&D本部 事業戦略部 ビジネスデザイン課

森長 奏実(もりなが かなみ)

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- インタビューの機会をいただきありがとうございます。本日はよろしくお願いします。


森長氏:今回、Atos QLMを取り上げて下さり大変嬉しいです。よろしくお願いします。



- まずサービスの紹介をお願いします。


森長氏:Atos QLMは、ユニバーサルな量子プログラミング環境及び、HPCインフラによる量子シミュレータを備えた先進的なアプライアンスで、完全な量子ソフトウェア開発環境を提供しています。



- 世の中に多くの量子コンピューティングプラットフォームがありますが、その中でもAtos QLM(以下、QLM)は非常にユニークな製品と伺ってます。QLMの特異性を教えていただけますか?


森長氏:QLMは、超電導、トラップイオン、フォトンなど様々な量子技術のハードウェアに対し、非常にニュートラルな立場を採っています。背景となるポイントは2つあって、1つ目は量子マシンの仕様や特性(トポロジー、ハードウェアの忠実度の値、ノイズ値、ゲートセット等)を提供することで、全てのQPUをエミュレート可能な点です。あらゆるQPUの現実的な動きをシミュレートし、倍精度で量子プログラムの厳密実行を計算します。

2つ目は、汎用量子アセンブリ言語QASMベースにした、AQASMというユニバーサルなプログラミング言語を用いている点です。QLMで作成したコードは、既存もしくは将来の量子コンピュータにおいてコードを変換することなく利用することが可能です。また、Pythonライブラリを利用可能なPyAQASMも提供されますので、Pythonでコードを書くことも可能です。



- 本物の量子マシンを使わなくても、QLM一つあれば、いろんな量子マシンの動きを試せるということですね。


森長氏:はい。先にアルゴリズムを開発し、量子プログラムが出来上がった段階で、各メーカーが公表している量子マシンの仕様や特性をQLMにインプットしてシミュレートすることで、特定の回路がどの量子マシンへの実装が最適なのか明確にできます。この流れが、QLM使い方のイメージです。



- どの量子技術を採用したマシンが真に性能を発揮し、確率的観測の中から正しい答えを測定できるのか、誰にも分からないですし、そういう意味で、今はQLMを使ってアルゴリズムを開発しながら、いろんな量子マシンを疑似的に試しておく。将来、量子技術がブレークスルーした時に、最適な量子マシンをすぐに選定できて、準備しておいたアルゴリズムを実装する、といった後れを取らないアプローチを獲得できますね。


森長氏:そのような中長期的な目線で、QLMは活躍できると思ってます。特定の量子技術に縛られることなく、中立な立場で量子ハードウェアを評価しつつ、自由に量子プログラムを開発できるオープンな環境です。



- 正確に量子マシンをエミュレートするには、ノイズシミュレーションが重要です。QLMのノイズシミュレーションはどのようなものでしょうか?


森長氏:T1(振幅減衰)とT2(ディフェージング)に基づく一般的なモデル、またはさらに強力なKraus演算子を使用して、ノイズをモデル化できます。後者の方法は、トモグラフィーモジュールと組み合わせて使用して、非常に正確なノイズモデルを取得できる事から強力なノイズシミュレーションと言われています。パフォーマンスについてですが、ノイズシミュレーションは、主要な他社オープンソースのシミュレータに比べて2~4倍以上速く、これは量子ビット数が多くなればなるほど、QLMの方がより速い結果を出しています。なお、シミュレーションによっては大量のメモリを消費することもあるので、メモリは最大24TBまで搭載可能です。



- 本命は誤り耐性のある量子マシンですが、金融など、NISQデバイスもHPCのアクセラレータとして発揮できる領域があると重要視されています。NISQ用のアルゴリズムを速くかつ精密に調整できるノイズシミュレーションは、プログラマーにとって必須機能です。ノイズレスシミュレーションは、どのようなものが備わっていますでしょうか?


森長氏:ノイズレスシミュレーションの汎用シミュレーションは、線形代数に基づいています。最大40量子ビットのシミュレーションが可能です。



- 先日、試しにQLMを使ってみたのですが、35量子ビットの大規模もつれ問題を数分で実行できて驚きました。


森長氏:大規模な計算でも安定して行えることは、QLMの大きな強みです。36量子ビットの回路を線形代数を用いてシミュレーションした際、主要な他社オープンソースのシミュレータに比べてQLMは10倍速い結果を出しています。



- 商用シミュレータの中で、最高の性能だと感じました。他に、どんなシミュレーションがありますか?


森長氏:線形代数の他には、ファインマンの経路積分、クリフォード代数、行列積状態によるシミュレーションがあります。量子回路の特性に応じて、これら種類豊富なシミュレーションアルゴリズムの中から、シミュレーションパフォーマンスが最適になるものを選んで頂けるようになっています。大規模計算に最適化されているシミュレーションとしては、クリフォード代数であれば量子誤り訂正回路に有用で、QECの場合、数千量子ビットのシミュレーションが可能です。また、行列積状態では、低いもつれの回路で最大1000量子ビットのシミュレーションを行えます。



- 大規模開発用として充実した環境が整っていますね。あと、アニーリングのシミュレーションもありますよね?


森長氏:そうです。ゲートだけでなく、アニーリングにも対応してます。アニーリングは最大5,000変数の計算が可能です。



- ここまで話してきて、あらゆる量子技術に対応、多数のシミュレーション、大規模計算など、量子ソフトウェアを本格的に開発する上で非常に汎用的な環境が整っていると感じました。ユーザーはQLMでどのような研究を進めているのでしょうか?


森長氏:製薬会社のバイエル薬品様では、量子組合せ最適化でヒトの疾患パターン分析のPoCを行ったり、自動車メーカーでは電池材料の量子化学シミュレーションや、カスタマイズした多くの生産車間の類似検索を量子機械学習で行う研究が進められています。その他エネルギー分野ですと、総合エネルギー企業であるTotal様は、現存するHPC(High Performance Computing)で可能なものよりも大規模で複雑な分子のシミュレーションで、効率的かつ安価な吸着剤を発見するための研究を進めています。また、大手電力会社は再生可能エネルギーの大型バッテリーにおいて、ストレージ・システムの投資と運用期間を最適化する研究を行っています。また、開発元のAtos社は、NIST (米国立標準技術研究所)と協力し、量子安全暗号の基準策定も行っています。



- QLMのアクティブユーザーであるオークリッジ国立研究所では、量子マシンとシミュレータを上手く使い分けていると伺いました。


森長氏:オークリッジ国立研究所様はIBM量子マシンを導入しています。しかし量子マシンはノイズの影響が出るため、まずは、QLMで量子アルゴリズムをシミュレートして実験を行い、ある程度アルゴリズムが固まってきたら、実際の量子マシンで実行するといった使い分けを実施しています。量子マシンで何か想定外のことが発生した場合や正しい結果を得られなければ、QLMに戻ってアルゴリズムの改良とシミュレーションを行います。ちなみに、ヨハネスブルグエクササイズベンチマーク(注1)において、QLMとIBM量子マシンは、ほぼ同じ確率で最良の答えを出します。これは、QLMが現状の量子コンピュータと同等の性能を発揮し、いかに量子マシンを正確にエミュレートできているかを示しています。



- そのほかのユーザーからの評価として、どのようなものがありますでしょうか。


森長氏:よく伺うのは、量子古典ハイブリット計算を非常に安定して行えることです。サーバーが落ちることなく、大きな負荷のかかる計算を何度も流せるほど安定しています。また、QLMはQPUエミュレータと古典マシンが一体になっているので、NISQアルゴリズムの開発が効率的です。例えば、古典マシンでパラメータを設定し、クラウド経由で量子マシンに繋いで量子計算して結果の回収を行った後、再度古典マシンで結果の集計やアルゴリズム最適化する、といった工程を繰り返すのは手間がかかります。しかし、QLMを使えば、ネットワークを介してのデータ回収が発生せず、評価時間を短縮できます。



- あと、QLMはスタンドアローンのアプライアンスなので、ユーザーの研究プログラムやデータの機密性を確保しながらの開発に適していますね。


森長氏:ユーザーが開発したコードはユーザーの知的財産としてきちんと残ります。



- ここまで、色々とQLMの特長やメリットについて伺ってきました。では、実際にQLMでのプログラミングインターフェースはどのようになってますか?


森長氏:QLMへのアクセスは、マシン上でSSHを使った対話型モードでも、オープンソースのJupyter Notebookソフトウェアを介して実装されたWebインターフェースでも可能です。Jupyter Notebookには、アルゴリズムの実行例が多数含まれており、QLMソフトウェア環境の迅速な立ち上げと習得を容易にしています。また、QLMの一部のプログラミング環境を無料で体験できるフリーウェアmyQLMがあり、Qiskit、Cirqなど他社フレームワークとの相互運用性もありますので、是非触って頂けると嬉しいです。



- 最後に、御社の今後の展望や日本におけるQLMの展開について教えてください。


森長氏:一つ目は、Atos QLMというソフトウェア開発環境と高機能/高性能な量子シミュレータを提供することで、日本の量子研究の加速をサポートするのが目標です。私としては、量子ソフトウェア開発者を中心に、量子ハードウェア開発者も一緒になって、QLMをご利用いただければ、量子コンピューティングの研究を包括的に推し進められると考えています。量子マシンの仕様が固まったらQLMにその情報をインプットし、その量子マシンを使ってみたいユーザーが、用意していたソフトウェアを小さな問題で試すことができる。そのように、QLMがあらゆる量子マシンのフロントエンドとなることで、様々なレイヤーに属する研究者がインタラクティブにQLMを利用出来る状態を作ることが理想です。実機の開発には時間とお金がかかるので、QLMのようなシミュレータであれば、より急速な技術力向上が期待できます。


二つ目は、量子計算のユースケースを作ることです。弊社は、既存事業で大手証券会社や銀行のお客様が多いので、金融分野での展開を見込んでいます。外部の量子ソフトウェアコンサル会社様に協力を仰ぎながら、弊社内のAIエンジニアの育成と、実問題へのチャレンジを同時並行で行っていきたいです。


- ユースケースを作り上げることが、量子コンピューティングの大きな躍進に繋がりますので、今後の活動に注目していきたいです!本日は、大変ありがとうございました。


森長氏:ありがとうございました!



(注1):ヨハネスブルグエクササイズとは、複雑な量子アルゴリズムをフラグメントへ細かく分割し、量子コンピュータ上で個別に展開する技術のこと。




QLM製品概要はこちら

https://www.iwi.co.jp/products/all/qlm.html


会社概要

企業名:株式会社インテリジェント ウェイブ

本社所在地:東京都中央区新川1-21-2 茅場町タワー

URL:https://www.iwi.co.jp/



[ Quantum Business Magazine 編集部 ]